kahsuke5555のブログ

本の感想について書いています。

(7冊目)野口憲一「1本5000円のレンコンがバカ売れする理由」新潮新書。

2020年に、地域ブランド調査最下位からやっと抜け出した茨城県。このままランクアップして目立たない話題になるのでは、という希望も叶わず。僅か1年でその地位に返り咲いてしまう。

この調査自体に問題がある、という茨城県のお偉いさんの言い分にも、確かに一理あると思う。それに地域ブランド力の高い都道府県だという事と、住みやすい場所である事は、必ずしも直結しない。


それでも、デパートで北海道や沖縄や京都の物産展をやっていたら、またかと思いつつもついつい覗いてしまう。けど、残念だけど、茨城だったら、そうはならない。

何といっても、茨城に出掛けた時に、めぼしいものが見つからず、土産にこの本を買ったくらいなのだから。


そんなブランド力最下位の茨城産のレンコンで他県のものを差し置いて飛ぶように売れているものがあるらしい。それも一本5000円で。そんな話を聞いているだけで痛快でワクワクしてしまう。

著者の野口憲一さんは、そんな野口農園の取締役であり、レンコンのブランディングに携わった方だ。


江戸時代から東京は巨大消費都市で、東京だけでは自立できる生産力を持たなかった。そうである以上、周辺地域は東京に生鮮食品を供給する拠点にならざるを得なかった。

そこで求められるのは、大量に安定供給される事。その過程で生産物の個性やブランドは二の次にされてしまう。それだけではないが、東京近郊の県でおおむねブランド力が低いのは、こうした構造的な問題も大きいと思う。

売上げは、単価×販売数で示されるが、そういう地域だと売上げを増やすための施策は、販売数を増やす事に片寄らざるを得ない。


それでも、かつてはレンコンは高級料亭などで使われる高級野菜だった。それが一変するのが政府の減反政策。米が栽培できなくなった土地の一部がレンコン畑へと変わり、作付け面積が急激に増大し、需要と供給のバランスが大きくて崩れていく。

そこに物流の変化や、農協や種の問題、規制緩和による海外との競争の激化など、さまざまな問題が襲いかかってくる。

消費者の利便性を求めた政策が、全て農家の不利益に跳ね返ってくる。読んでいて、本当にやりれなくなってくる。野口さんの考えの根底には、その結果やりがいを奪われた、日本の農業の現状への深い憤りがある。この本は、日本の農業問題の現状を知るための格好な入門書でもある。


そんな「やりがい搾取」の中、野口さんは考える。

「牛の皮」で出来たエルメスの鞄。いくら技術やデザインが優れていても、原材料費はせいぜい一万円に過ぎない、それが何故300万円で売れるのか?

そこでたどり着いたのが、ハイセンス、成功者、お金持ち、上流階級など、エルメスに貼り付いた「記号」がモノの価値を決めているという現実。野口さんは学生時代に学んだ民俗学を足掛かりにして、「記号」作りをしていく。

その中で目をつけたのが、父親や祖父や先祖達がレンコン作りに注いできた情熱と歴史。それはまるである一族の神話や伝承のようにも受け取れる。


そうはいっても、もちろん最初から上手くいった訳ではない。その先も試行錯誤の連続。母親の年金を使い潰してしまい、家族が険悪になっていくくだりなどは、本当にリアリティがあって生々しい。

野口さんにとっては不本意かもしれないが、こういう生々しい部分を隠さずに書いてくれるから、読み物として面白いし、のちのサクセスストーリーがより痛快にかつ真にせまって感じられる。


食べ物だったら、食べてしまえば終わりだけど、本は手元に残る。更に面白い本は記憶にも残る。

そういうふうに自分の都合のいいように考えていくと、自分の茨城土産の見立てはそんなに悪くなかったのかなあ、と自画自賛したくなる。

もっとも、我が家の最寄の書店でも売っていた、という事実には目を瞑る、という事が大前提にはなりますが(笑)