kahsuke5555のブログ

本の感想について書いています。

(9冊目)高野秀行「アヘン王国潜入記」集英社文庫。

やらせ問題で放送終了になっていた「クレイジージャーニー」。経緯が経緯だけにこのままフェードアウトするかと思っていたら、多くの視聴者からの要望に押されて、限定で復活する事になったらしい。

個人的には、とても好きなテレビ番組だったので、もう一度新しい番組を見る事が出来て、とても嬉しいです。やっぱり未知の、常人では計り知れない光景を見るというのは、とても好奇心を刺激するし、理屈抜きで楽しい。


とはいえ、沢木耕太郎さんが「深夜特急」を書いた時代と比べると、旅を取り巻く環境は大きく変わってしまった。交通機関の発達やインターネットや通信網の発達で、旅のスピードは大幅に早くなり、行動範囲は大きく広がった。

しかし、それは良いことばかりでない。Googleアースを見れば、北朝鮮の基地の場所さえ分かってしまう。それは、地理的に未到の地がいまやほとんどなくなってしまっている、という事を表している。

この番組のおかげで、丸山ゴンザレスさんや、ヨシダナギさん、佐藤健寿さんなどが、大きく脚光を浴びる事になった。確かに彼らのアプローチはとても面白い。時には危険と背中合わせの場所にも赴いている。


そんな彼らよりも、20年近く前から「クレージー」な旅を続けてきたのが、この本の著者の高野秀行さんだ。

番組が始まった時に、「確かに凄いけど……、映像だからより凄く見えるだけて、似たような事はもう高野さんがやってるじゃん」と思ったのは私だけではないはずだ。


高野さんのモットーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それをおもしろく書く」事だ。全て読んだわけではないが、デビュー当初からそれは全くぶれていない。

デビューしたのが、早大の冒険部の在学時。湖の主や怪獣を探したり、アフリカでリアル北斗の拳の世界を体感したり……。上っ面だけみれば「こどもかよ!」と突っ込みたくなってしまう。

多分、子供のまま大人になった部分もあるんだろうなあとは思う。けど、これだけの交渉力と実行力、語学力や文章力を持っている人間は、大人の中にもそうはいない。そのハイスペックな能力を、サラリーマン生活になって浪費しなくて本当に良かったと思う。


「誰も行かないところ」

そうはいったも、前述した通り、地理的に未知の場所はどんどんと無くなっていく。

この本が草思社から「ビルマ・アヘン王国潜入記」として刊行された1998年の段階で、程度差こそあれ、そのような問題は顕在化している。


本文の中で、

「現在、世界に残されている『秘境』とは『政治的秘境』か、人間の精神の暗部に巣くう比喩的な意味での秘境しかないというのが、私が十年にわたってアフリカや南米の辺境を歩いて得た結論であった」

と書かれている。移動可能な地理的な『秘境』が地球上からは、ほとんど消えてしまっている。その事を意識した上で、高野さんの冒険は行われている。


それでもである。


麻薬の栽培の実態を知りたいからといって、現地に行って現地のみなさんと一緒に大麻を栽培してみようとは、普通は思わない。仮に、思ったとしても実行には移さない。それが社会で生きている分別のある大人だ。実現できるまでのハードルはとても高いし、そこにいくまでの手間は恐ろしいといってもいいくらい掛かる。高野さんはそれを本当にビルマミャンマー)でやってしまう。

多くのジャーナリズムは上空から俯瞰して見下ろし、そこから見たものを記事にする。多角的に見て、客観的に判断するためには必要な方法論だ。一つのやり方としては正しい。けど、それに違和感を抱いてしまうのが高野さんであり、そういう人でないとビルマで実際に大麻を栽培して、本書のようにその一部始終を文章にすることはできない。


そこには、高野さんが徹底的に当事者であろうとしていることが大きい。

「とにかく私としては、一本一本の木を触って樹皮の手ざわりを感じ、花の匂いや枝葉がつくる日陰の心地よさを知りたかった。それから森全体を眺めてもいいのではないかと思った」

当事者として自分の皮膚で体感し五感をフル回転して、それを言語化する。その事に対してびっくりするほど誠実でマジメだ。マジメさが一途に貫かれ、それが度を超えた時、その人の言動や行動は狂気をはらんでくる。そこは彼らほどマジメではない僕たち『正常』な人間では決してたどり着くことはできない。なので、僕たちは高野さん達のようなクレージーな人達に憧れ彼らの行動を知りたいと思う。

そして、この本はそんな高野さんの著作の中でも最も自分の信念をハードに貫いた中の一冊だ。という事が、書かれてから20年以上経っている事を差し引いても、とびっきりに面白いということだ。