(4冊目)川代紗生「私の居場所が見つからない。」ダイヤモンド社。
おそらく他の人より、書店員さんへの尊敬への気持ちが強い方だと思う。
取次という仕事柄もあるし、若い頃に営業で書店さんを回っていたのも大きいだろう。僕は仕事も含めて、文字通り「書店」でいろいろな事を教わった人間だ。
ただ書店は、というより出版業界は現状かなり厳しい。ピーク時と比較して、雑誌のビジネススケールは半分まで縮小した。街の本屋さんは廃業する一方。書店さんがない市町村もかなりの数に上っている。
そもそもが他業界と比較して、小売の利益率が極端に低いという構造的な問題点を抱えている。
例えば1000円の本を売ったとする。書店さんの利益はだいたい200~230円位だ。雑誌という「定期収入」がある程度あった頃はいい。けど、それが半減してしまった今、より利益率が高い商材を確保しなければ、生き残りが難しくなっている。
そんな業界の命題に、面白いアプローチで取り組んでいる、天狼院書店さんというチェーンがある。本にまつわる面白い事なら何でもやってしまう、とにかくフットワークの軽い書店さんだ。
川代さんはかつてはそこの書店員で、今はフリーランスでライターをされている。この本が始めての単行本になる。
この本なかなか面白いのは、元書店員さんが本を出したにも関わらず、「本」に関する事がほとんど書かれていないという事。
例えば、書店員さんの本といえば、花田菜々子さんや新井見枝子さんのエッセイ等が真っ先に思い付く。
その面白さを支えているのは、お二人が優れた「本」のプロである事。だからこそ、そうでない僕たちは、書かれている事に対して共感して、感銘を受ける。
それに対して、川代さんが武器にしているのは、「承認欲求」を中心とした、己れのコンプレックスに関する事。
プロの「本屋」さんと比べると、程度差こそあれ、誰でも持っているものだ。
川代さんが凄いのは、とてつもない勤勉さで、それをいろいろな角度から、深く掘り下げている事。それが、自分にしか描けない世界を作り上げる推進力になっている。
例えば、「石原さとみ」に憧れる女性はとても多いだろう。なれるものならなりたいと、異性の自分でさえ思う。
ただ、普通の人はそれで終る。どんなに頑張っても、彼女にはなれないからだ。せいぜいファッションやメイク、好きなものをマネする位までだ。
けど川代さんは、真剣になろうと努力し、何故なれないのかをとことんまで考え抜く。
『私は石原さとみになりたい。
でも、石原さとみにはなれない。石原さとみの真似メイクをしたところで近づけるわけじゃないし、あの、男みんなを落とすようなかわいらしい表情もできない。
けれど、自分らしいスタイルなら、見つけられるんじゃないかと、思えるようになった。
私のどこが魅力か?どんな服を着ればかわいく見えるか?
どんなメイクをすれば、どんな髪型にすれば、どんな表情にすれば、どんな仕草をすれば。
自分が女らしく、かわいくなるためにどうすればいいかを考えるのはちょっと気恥ずかしいけれど。
「石原さとみになりたい」なんて言っているだけで努力も何もしない怠惰な自分をやめて、女として成長するために、いい女の仲間入りをするために。』
本当に「努力も何もしない怠惰な人間」はここまで、自分をさらけ出す事はできない。たとえ自己承認欲求が人並み外れて高くても、ここまで何かを真面目に考えようとはしない。
大変に読みやすく文章にも関わらず、途中で何度も読むのを中断してしまったのは、自分が「努力も何もしない怠惰な人間」である事を身に積まされてしまったからである。
天狼院書店さんは本の販売の他に、さまざまなセミナーを開催している。その中の一つにライティングの講座がある。
特別な経験をしていなくても、特殊な仕事についていなくても、自分を突き詰めて鍛錬をすれば、他人に読んでもらうに値する文章を書くことができる。
講座の受講生たちにとっては、この本は大きな希望だ。
そして自分のような怠惰な人間には、何かアクションを起こさずにはいられなくなる。そんなエネルギーがもらえる本である。